プラーナに生きる

私たちはみなプラーナに生きています。
つまり、命そのものがプラーナといってもいいのです。
私たちは言葉や表情などの伝達手段だけでなく、プラーナによってお互いを感じ取っています。
目に見えるお話ではありません。「そういうもんなのかなぁ」という程度で結構です。

プラーナには意識が溶け込んでいます。
意識にすることのできる記憶はもちろん、忘れてしまった記憶や抑え込まれた感情、幼少期のトラウマといった潜在意識、
時に前世や先祖の意識までもが情報として溶け込んでいます。
また、様々な事象に対してどのような感情を引き起こすか、これは個々人によって大きな差があります。
生まれて初めて大きな象を見て「かわいい」と思う人もいれば「怖い」と思う人、「優しそう」と思う人もいるでしょう。
なんの学習も経験もないはずなのに生まれながらに持っている潜在印象とも呼べる情報が意識としてそこに溶け込んでいます。
つまり、意識こそがプラーナの源泉なのです。

意識といってもいろいろあります。
自分で把握できる表層の意識である「顕在意識」。その深層には自分でも把握できない「潜在意識」が横たわっています。
つまり、自分で意識しているものだけが「意識」ではないのです。
どれだけポジティブなことを意識してみても、どれだけ崇高なことを意識してみても、その動機や根っこがネガティブなものであったり欲望にまみれたものであるならば、それはどこまで行ってもネガティブであり低俗なものでしかないのです。
でも、本人はそこに枝葉であるポジティブな意識、崇高な意識を自覚することしかできないのです。
ここに意識の難しさがあります。



 閑話休題

「夏休みの最終日だというのに宿題ができていない!」→「明日、学校で恥をかく!」→「どうしよう」→心臓がどきどきする。
こんな経験は誰だってありますよね。
これは顕在意識(自分で自覚できる意識)の例ですが、意識により緊張状態に陥ったことにより自律神経の交感神経系が活発になることで心臓の拍動数が上昇し、脂汗をかいたりします。自律神経とは「自分で意識して動かすことのできない神経」です。
ほとんどの内臓などはこの自律神経の支配下にあります。
自分の意思で心拍数を高めたり、肝機能を高めたり、脂汗をかいたりすることは一般的には不可能ですものね。

目や耳など五感から取り入れた情報が、本能的な感情である大脳辺縁系と理論的な意識である大脳新皮質で処理されます。
感情として自覚され分析された情報は脳からの電気的出力を介して視床下部を中枢とした自律神経を刺激します。
そして均衡を保っているこの二つの神経のいずれかが優位になるのです。
それは、<緊張・戦闘状態>→交感神経 <弛緩・逃避状態>→副交感神経 この二つの神経系統です。
私たちの自律神経ではこのふたつの神経系が常にシーソーのようにバランスをとっています。
感情や意識により、そのどちらかが優位になりその結果、生理学的な反応として身体に影響を及ぼすのです。

このように意識により肉体の大部分は制御されています。
「緊張状態になると交感神経が優位になる」ということは生理学の教科書に必ず載っています。
ストレス下では脳のどの部分が強く働いて影響を与えているか、例えば大脳前頭前野では入力された五感の快・不快の処理を行っている、前頭葉には感情を制御・抑制する機能が備わっている・・・などといった器質的な機序やシステムについては明らかになっています。
しかし、意識がどのようにして脳の各部位で生まれ、処理・分析されているのかということの詳細はいまだ謎のままです。
これらの自律神経は前述のように本人の意識では制御することができないということが常識になっています。
その一方で熟練したインドでのヨーガの行者における酸素消費量調査を通して、彼らのごく一部では自律神経系の自発的 な制御が行われているのではないかと慎重ながらも推察する資料が残っていたりもします(Wenger & Bagchi:1961)


また、非特異性腰痛という症例があります。
これは、腰痛がある患者に外傷や神経症状など他覚的な原因が見当たらないものを指します。
ストレスや患者の日常生活における心的な圧迫などが腰痛に因果関係があるのではないかとされています。
従来では腰が痛い=筋・骨格に異常がある。といった考え方が主流でした。
イギリスでは最初に特異性腰痛と非特異性腰痛を判別・評価するためのガイドラインがあります。
このガイドラインに沿わない診療、例えば患者の生活のバックグラウンドを調査したうえで非特異性腰痛の可能性を精査すること
なくレントゲン撮影を行った場合などには保険会社は診療報酬を支払わなくても良いと定まっています。
もし非特異性腰痛の疑いがあった場合には専門の精神科医に転医の上、治療するという流れが主流になりつつあるようです。
日本でもこの考え方を取り入れ活躍されている整形外科のDr.もいらっしゃいますが、残念ながらまだまだ数えるほどです。

そのほかにも特に欧米では
従来の臨床的数値や治療効果の実績などを根拠とする医療 
“EBM“(Evidence Based Medicine)から
患者との対話を通じて患者が生きてきた物語(narrative)を重視しその根拠とする医療 “NBM“(Narrative Based Medicine)へ の移行が進んでいます。日本では札幌医大の山本先生がNBMの提唱者としてわが国でのNBMを牽引されておられることで知られています。


これらの流れも、意識が肉体に与える影響の大きさ、人としての生き方や意識の大切さを認めようとする大きな流れなのかもしれませんね。



                  
   





プラーナの根源
  

プラーナが乱れると様々な症状となってあらわれます。
軽いものでは肩や首の重だるさ、偏頭痛や背部痛などとなって自覚します。
重いものでは難治性の病気であったりや病名の付かない症状となって発現します。
また、精神面で影響を受ける場合もあります。自律神経系の亢進や減退がおこり気分の低下や悲壮感にとらわれたり、時に拒食や強い不安感に襲われ、いわゆるパニック症候群と呼ばれる症状など(多くはクンダリーニ症候群や座禅病)を見ることもあります。

プラーナをエネルギーとして考えると、その流れに異常が発生することで全身のエネルギーの偏差が生まれます。
それによって正常に機能しようとする細胞や組織がうまく機能しなくなったり過剰に反応したりするのです。

エネルギーなどというとオカルティックに聞こえますが、それは一種のエッセンス(本質)と考えていただいても結構です。
私たちは通常、目や触覚を通して対象を五感で判断します。
そして五感で判断できる様々な対象は、それらは個別にそれぞれが無関係に存在していると私たちは認識しています。
しかしより細かな原子や素粒子レベルで考えると、一見固体に見える物質は粒子内の小さな小さな素粒子から成り立っていることはご存知だと思います。
その素粒子は固定化されることなく、相互作用により休むことなく動き回っています。
もはや、それが個別の固体であることを忘れさせるかのようです。

つまり、すべての物質は“運動する力”によって成り立っているのです。
これを便宜上、エネルギーと表現しています。スターウォーズ的には理力(フォース)といったところでしょうか。


理力とはたしか初版小説版での表現だったと思います。生命体から無機質まであらゆるものを包み満たすエネルギーという意味です。
東洋、特に伝統的な日本文化に造詣の深いG.ルーカスが主人公のルークの服飾を柔道着からデザインしたり、ダースベイダーの容姿が伊達政宗公の甲冑にインスパイアされているなど作中の様々な面にその愛着の深さを見ることができます。
理力(フォース)は作中の大きな要素の一つです。理力(フォース)は扱う者の性向によってその本質は大きく変わります。
だからこそ“理力”と訳されたのです。
彼が数代にわたる一大叙事詩である作中のテーマに「理力にまつわる栄光と羨望、そして転落とその再生」を据えたのは非常に興味深いことだと思います。
ただの超能力として理力を表現しなかったことにこそ名作たる所以があり、だからこそ多くの人を今でも魅了しているんじゃないかと個人的には思っています。
  〜May the force will be with You.(フォースと共にあらんことを)〜
深い・・・。
おっと、個人的な趣味に話が逸れまくってしまいました
^^;



石も木も私たち人間も、動いているように見えようが見えまいが、あらゆる物質は自由に動き回る物質の集合体なのです。
その意味で、私たちだけでなく森羅万象、すべての物質はエネルギーによって成り立ちその形を保っています。
物理的には私たちも、いいえ、私たちをとりまく全てのものが本質的にエネルギーの集合体であり、エネルギーによってそれぞれの形態を保っているだけなのです。

このエネルギーのひとつとしてのプラーナは、目に見えないという点では気功やレイキなどと同じように見えるかもしれません。
しかし、まったく似て非なるものです。
それは比べることさえかなわない、まったく違う次元に存在するものなのです。
それを実際に操っているモノ、その源はまったく異なるものなのです。
それを正確に理解するためには、正しくプラーナを理解する力を養う他にありません。
それゆえに、プラーナを整え、高めようとするならば、相応の格式ある師につかなければなりません。
なぜならプラーナと密接な関係を持つ霊性を理解しなければそれを得ることができないないからです。
そして、プラーナの向上は霊性の向上であり、それは「如何に生きるか」を学ぶことに他ならないからです。
正しくプラーナや霊性を説明することは不可能かもしれませんが、続いて霊性の解説を試みたいと思います。












霊性とはvol.1〜「生きる」に続く



               



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